バングラデシュのニュース(2013/05/24) その2

■見出し(2013年05月24日) No2013-29 その2
〇バングラデシュは「世界の縫製工場」の座を守れるか 
 外資企業の最貧国撤退は正しいのか
〇縫製が輸出の8割を占めるバングラデシュで日本のブラザー製ミシンがフル回転
〇『世界最大のNGO会長に聞く 南アジアと日本 貧困支援と利益の両立』

■バングラデシュは「世界の縫製工場」の座を守れるか 
 外資企業の最貧国撤退は正しいのか
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130514/248021/?rt=nocnt
 (日経ビジネスオンライン 2013年05月16日)

 4月24日、バングラデシュの首都ダッカの近郊で8階建てのビルが崩落した。このビル
には主に縫製工場が入り、多数の労働者が働いていたという。崩落によって1000人以上
が亡くなり、けが人も2400人以上に達した。事故から約20日経った5月13日には、軍によ
る生存者の救出活動も終わった。

 崩落したビルは違法な増築をしており、かねてから労働者はビル内での作業を嫌がっ
ていたとも報じられている。事故の起こった4月24日には、工場内で停電が起こった。こ
の停電から復旧した直後、工場内のミシンが一斉に振動したことが、崩落の原因と見ら
れている。

 事故を受け、首都ダッカでは、労働環境の改善を求める労働者によるデモが相次いだ。
工場の安全性を確認するため国が一時的に工場を閉鎖させるなどの対応策も取られたと
いう。

 ビル崩落の一報を受けた際、私は正直、「やはり起こったのか」という印象を受けた。
昨秋に、取材でバングラデシュの縫製工場を回り、「いつか事故が起こるのでは」とい
う一抹の危惧を抱いていたためだ。

 昨秋、バングラデシュを訪れて最初に感じたのは、何よりも「貧しい」という事実だ
った。

 これまでにも、インドネシアやタイ、ベトナムといったアジアの国々には訪れたこと
があった。だがバングラデシュはそれらの国々と「貧しさ」のスケールが違った。

 車道はクルマと力車で溢れている。これはほかの国も同じだろうが、そこには他国で
見たような一定レベルの交通マナーが存在しない。車線の概念もない。

 クルマ2台分の車幅の道路に、その倍のクルマがおしくらまんじゅうのように、ひしめ
いていた。当然、慢性的な渋滞が起こり、それぞれのクルマはひたすらクラクションを
鳴らし続けている。道路にはあらゆる場所に段差があり、そこを通るたびにクルマが大
きくひずむ。

 ダッカでの移動は、取材先のクルマに便乗させてもらった。どのクルマも窓にスモー
クが張り、そのうえでレースのカーテンを引いていた。

 理由を問うと、物売りや物乞いの対策なのだという。

 ダッカ市内では慢性的な渋滞が続く。クルマが速度を落とし、止まるたびに、現地の
物売りや物乞いたちが車窓を覗くという。当初は窓にスモークを張っただけだったが、
これでは物売りや物乞いが窓にぴったりと顔をつけて中を覗き込む。そこで仕方なく、
カーテンまで取り付けたのだという。

「世界最貧国」の1つと言われるバングラデシュ。北海道の約1.9倍という小さな国土に
は、約1億4800万人が住んでいる。

 1人当たりGDPは755ドル(2011年、バングラデシュ財務省)で、実質GDPは1106億ドル
(2011年、世界銀行)だという。縫製産業などが活況を呈し、毎年5~6%のGDP成長率を
誇るが、それでもダッカの法定最低賃金は50ドルを切る。法定最低賃金は、中国内陸の
武漢でも150ドル以上、インド・ニューデリーやベトナム・ホーチミンでも100ドル近い
ことを考えると、極端に貧しいことが分かるだろう。

 貧しいバングラデシュにとって、産業の柱は3つある。農業と、出稼ぎによる海外から
の送金、そして縫製産業だ。海外に売れるような資源はなく、電力の供給が不安定なの
で重工業の工場誘致も進まない。結局、安価な労働力と停電にも耐えうる産業として、
縫製工場が増えていった。

 バングラデシュ国内では、衣料産業に携わる人は400万人に達し、周辺産業まで含める
とその数は700万~800万人に上る。バングラデシュの総輸出量に占める衣料品の割合は
実に8割以上を占めているという事実を見ても、縫製産業の存在感は際立つだろう。

<「世界の縫製工場」バングラデシュ>

だがバングラデシュにおける縫製産業の歴史は、決して古くはない。

 欧米のファッション業界が低コストの生産地を求めてバングラデシュを活用し始めた
のは、1980年代のことである。その後、韓国勢や中国勢が参入し、中国の人件費が高騰
し始めた2000年代からは日系企業も進出している。

 欧米、アジアの先進国がバングラデシュの地元企業家に投資をし、ノウハウを提供し
てようやく、この国の縫製産業は成長をし始めた。そして今では、「世界の縫製工場」
とまで呼ばれるようになっていた。

 昨秋の取材では、あらゆる規模の工場を訪れた。雑居ビルの数フロアで数百人が働く
小規模工場から、グループ全体で数万人の工員を抱える工場まで。工場では安い人件費
を生かして、多くの工員が単純な手作業を繰り返していた。下の写真の通り、デニムの
ダメージ加工からTシャツのペイント、裁断・縫製すべてが、工員の手作業である。

 取材を通して見えたバングラデシュの縫製産業については、日経ビジネスムック『グ
ローバル経営の教科書~「カワイイ」を支えるファッションビジネス最前線』にまとめ
てある。

 バングラデシュの安い労働力を生かした縫製産業には、これまで批判や非難もつきま
とってきた。低賃金でバングラデシュ国民を搾取している、または児童労働をさせてい
るという懸念である。

 これらを払拭するため、欧米の大手ファッションチェーンはバングラデシュ国内の取
引先に対し、様々な労働環境順守の条件を出してきた。児童労働を避けるため、出生年
の分からない工員については、医師が歯から年齢を推定するなどの努力も続けてきたの
だ。

 しかし、そうした配慮を重ねてもなお、今回のようなビル崩落事故が起こった。

 これを受けて、EU(欧州連合)は「一般特恵関税制度(途上国からの輸入品への関税
を減免)」の対象として、バングラデシュの適用を見直すことを示唆した。「発展途上
国に関するサプライチェーンについて責任ある管理を促すため、一般特恵関税制度など
の適切な対応を検討している」というのだ。

 これまでバングラデシュを重要な生産地としてきた欧米ファッションチェーンも姿勢
を変えた。

 報道によると、ZARAなどを展開するスペインのインディテックスは、バングラデシュ
で生産する下請け会社との取引を中止したという。スウェーデンのH&Mも、ビルの防火対
策などについて、他の利害関係者とともに協議していると声明を出した。

 H&Mは2012年、バングラデシュでの生産量を今後5年で約2倍に増やすと発表したばかり
にも関わらず、である。

 バングラデシュでは、外資企業がにわかに撤退し始めているのだ。

<「撤退」が最善の解なのか>

 確かに進出企業にとって、今回のビル崩落事故は、ブランドイメージを大きく毀損し
かねない。工員を危険な状況で働かせたうえで作られた製品であれば、購入しないとい
う消費者が増える危険性もある。

 しかし、だからと言ってバングラデシュから撤退することが、果たして正しい解決策
なのだろうか。これまで書いた通り、バングラデシュにとって縫製産業はほかに替え難
い基幹産業となっている。毎年5~6%の経済成長率を支えしてきたのも縫製産業だ。

 それにもかかわらず、この段階で欧米勢が撤退すれば、バングラデシュの国家の衰退
につながりかねない。

 「バングラデシュでは違法労働がはびこっている。地元の工場経営者にはコンプライ
アンス意識がない。だから我々はこの国から撤退する」。

 そう判断するのは簡単かもしれない。苦労はするかもしれないが、バングラデシュと
同じように安い労働力のある別の国を探すこともできるかもしれない。(実施にはそん
な選択肢はほとんどないかもしれないが)

 だが、欧米勢がこれまで散々アピールしてきたように、彼らが本当にバングラデシュ
を搾取しておらず、産業を育成し、経済発展や地域貢献に尽くす思いがあるならば、打
つべき手は別にあるのではないだろうか。

 必要なのは、バングラデシュとの取引を続け、そのうえで工員の労働環境改善に取り
組むことである。それは地道で難しい道のりであろう。労働環境の改善を進めれば、今
まで享受してきた安さは実現できなくなるかもしれない。

 だが、地道にコンプライアンス意識を根付かせ、産業を発展させることからしか、「
最貧国を搾取している」という批判はかわせないのではないだろうか。

 今回のビル崩落事故を受け、どの企業がバングラデシュから去り、どの企業が残るの
か。企業の姿勢が試されている。

■縫製が輸出の8割を占めるバングラデシュで日本のブラザー製ミシンがフル回転
 http://diamond.jp/articles/-/35887
 (ダイヤモンド・オンライン 2013年05月15日)

「バングラデシュで商売などできるのか?」

これが日本人ビジネスパーソンの率直な印象だろう。最近は、縫製工場が入居するビル
の倒壊や火事など、想像を超えたアクシデントと背中合わせでもあり、バングラデシュ
のイメージは決していいものではない。

今回はその縫製工場が舞台だ。バングラデシュの縫製は輸出の8割を占める一大産業だ
が、実は100人規模の小規模工場が多く、それが雑居ビルに入居する形で生産活動を行っ
ている。

筆者は、ダッカ空港にほど近いウットラ地区の縫製工場を訪ねた。土埃舞う路地に面し
て立つ複数階建ての工場は、「ここが工場だ」と言われなければ素通りしてしまいそう
な、雑居ビルのような外観だ。民家や売店、工場がひしめき合うその道は、トラックも
往来すれば、商人や学生、ヤギや野良犬も行き交う雑多な界隈である。

地元資本の「Fashion Flash」という名のその会社は、1995年の操業以来、H&Mを主
要顧客にここ数年デニムの縫製で急成長を遂げた。ウオッシング(洗い)、ダイイング
(染め)からソーイング(縫製)までの一連の作業を手掛ける。バングラデシュに5工場
・8000人が働き、1日2万5000着の生産が可能だ。見かけは確かに“雑居ビル”だが、外
国とも取引のある中堅工場である。

バングラデシュではメディアはノー、カメラもノーという工場は少なくないが、同社は
違った。「我々はコンプライアンスを重視していますから」と社長のハラル・ウッディ
ン・アーマドさんは胸を張る。

現地では法規を無視して過酷な労働をさせたり、あるいは今回の事故のように、勝手に
建物の増改築をしたりする脱法行為も散見されるが、国際化を目指す前向きな工場もあ
る。今回の事故についても、現地の縫製業界では「政府の管理強化を促すきっかけにな
り、業界の整備が進む」とする見方もあり、バングラデシュが「世界の縫製工場」に脱
皮しようとする一面を覗かせている。

そもそもバングラデシュはEU向けの輸出について「特恵関税(GSP)」の適用を受
けていることから、その輸出実績を伸ばしてきた。近年は日本を含む顧客やバイヤーの
頻繁な訪問は引きも切らず、技術レベルもさることながら経営マインドもぐんぐんと引
き上げられているのだ。

工程ごとに分けられたフロアでは、色とりどりのサリーを着た女性が「ダダダダダーッ」
と軽快にミシンを踏む。作業の流れもよく、“ひまそうな従業員”も“忙しすぎる従業
員”もいない。

彼女たちが踏むミシンを見ると、そのミシンの白いボディにはくっきりと「brother」
のロゴが記されていた。こんなところにも日本のミシンが入り込んでいたのには、感慨
にも近い驚きがあった。

<商談は休日に>
ミシンでおなじみのブラザー工業は、今や世界40ヵ国に拠点を持つ電機メーカーだ。ミ
シンはかつての主力製品だったが、国内の縫製メーカーの縮小と海外移転により、いっ
そうのグローバル経営が課題となっている。

25年前、日本の縫製業も活発だった当時は、日本・アジア、欧州、米州の各地域が30%
ずつの均等なシェアを維持していたが、近年は、日本、欧州、米州はほとんどなく、中
国とアジアが中心で、とりわけ新興国の伸びが著しい。

同社がバングラデシュに進出したのは、他でもない「そこに市場があるから」であり、
このバングラデシュでも99年の事務所開設以来、驚くほど積極的に営業を展開している。

筆者は今年3月、二代目所長としてここダッカ事務所に2010年から駐在する伊藤芳美さ
んを再訪した。

ダッカ事務所はここ数年、好業績を上げており、売上は2009年時点から順調に伸び、急
速に市場シェアを高める傾向にある。最近は中国製も流れ込み、かなり厳しい市場環境
だが、それでも快進撃を続けている。

伊藤さんはインド駐在経験もあり、南アジアは百戦錬磨の強者でもある。だが、それで
もダッカの駐在生活は「正直、大変です」と打ち明ける。商売も「日本では考えられな
いハードネゴな国だ」と苦笑い。しかし、ここを「今後10年は続く縫製業の拠点」と評
価し、腰を据えた営業活動に取り組んでいる。

その伊藤さんから「今日は代理店の社長と食事をするんですよ。よかったら一緒にいか
がですか?」とのお誘いをいただいた。さっそく指定の場所に向かうと、そこはダッカ
市内中心部の日本料理店だった。

靴を脱いで畳が敷かれた和室に上がると、すでに、伊藤さんとそのパートナーであるバ
ングラデシュ人の代理店経営者マニック・チャードリーさんが座っていた。

マニックさんの目の前にはずらりと日本食が並んでいたが、他国の食文化に対するアレ
ルギーはない。箸を器用に使いこなしながら、サバの刺身やざるそば、ナポリタンをお
いしそうに食べ、ビールを飲む。

バングラデシュはイスラム教、アルコールは御法度なお国柄だが、彼はヒンドゥー教の
信者。アサヒビールと日本酒の大ファンで、日本に行くとしこたま買い込むという。日
本、中国、イタリア、シンガポール、インドなど海外ビジネスの経験も豊富だ。

目下、ブラザーが狙っているのは、バングラデシュに約4000社あると言われる中堅クラ
ス以上の地元縫製工場。購入後10年を経過したミシンの買い換え需要や、昨今のバング
ラデシュ・ブームで注文が増える工場などをターゲットに、売り込みをかけている。

その売り込みを一手に引き受けてくれる地元販売代理店の関係は、グローバル展開を目
指すブラザーにとって生命線にも等しい。現在、ブラザーと取引のある代理店は10社に
のぼるが、そのうちの1社がマニックさんが経営する「Eastman Technocrafts」だ。

筆者の興味を引いたのは、マニックさんが掲げる経営スローガンが「カスタマー・サテ
ィスファクション(顧客満足度の追求)」だったということだ。彼らの目線はすでに、
グローバルスタンダードになってきている。しかもマニックさんはこう言う。「顧客が
一番喜ぶのは何か、それはクイックレスポンスに他ならない」。

「パーツが壊れた」「基板が故障した」と言われれば顧客の元に迅速に駆けつける、「
その日のうちに8割は解決します」と、マニックさんは自慢気に語る。ビフォアーサービ
スからアフターサービスまで、とにかく「クイック」を心掛ける。「クイックレスポン
スはここバングラデシュでは日本以上に価値がある」(同)というように、「のんびり
ムード」のバングラデシュにはない価値を持ち込み、顧客を増やしている。

伊藤さんとマニックさんのつきあいは3年になる。実は「顧客第一」をマニックさんに
伝授したのは伊藤さんだった。製品を日本から輸出し、現地にバラまけばいいというも
のではない。要は「売り方」なのだ。バングラデシュにはまだ普及していない「顧客第
一主義」を日本企業が持ち込んだ意義は小さくない。

同時に、「顧客第一主義」がもたらすビジネスの可能性を瞬時に察知したマニックさん
にも商機が訪れた。マニックさんも「ブラザーさんとはパートナーの域を越えて、もは
や結婚したようなものです」とうれしそうだ。

「バングラデシュは“メール1本”で通じる世界ではない」は伊藤さんの口癖でもある。
そのため、金曜日の休日(バングラデシュの休日は金曜日)には、伊藤さんはこうして
クライアントと昼食をするのだという。それは、互いの息づかいを知るためでもある。
バングラデシュの商人はことさら、相手の様子や反応を細かく観察した上で初めてゴー
サインを出す。

日本人が与えるこの国へのネガティブな評価に「信頼性の低さ」がある。日本人ビジネ
スマンからは「品質、納期など約束を守ってくれない」と悲鳴が上がるが、しかし、解
決法がないわけではない。どうやって信頼を築けばいいのか。それには「メール一本」
では済ませない、一歩突っ込んだアプローチが必要だということを、この「金曜日の昼
食」が物語っている。

<バングラデシュ人は金では動かない>
筆者は冒頭で紹介したFashion Flas社を訪問中に、経営者のハラルさんに「バングラデ
シュ人の労働者にとってのモチベーションは何か」と尋ねた。すると「お金が一番に来
ることはない」というコメントが返ってきた。「インドはお金がすべて。けれどもバン
グラデシュは違います。この国では、スキルを伸ばしてくれる経営者かどうかを判断す
る。日本と同じですね」。

一方で、低賃金が売りのバングラデシュでは、「賃上げを要求される前に解雇」という
のが常識。経営者はなかなか「従業員を育てようとはしない」のが現状だが、少なくと
もハラルさんは違った。

「1995年に雇用した従業員は、1割ほどがいまだ働き続けている。27年にもわたって私
に尽くしてくれるブレーンもいる。私が重視するのは、従業員との関係作りです」

そして、ハラルさんが目下計画しているのが、ダッカエリアの工場で働く従業員とその
家族4000人を引き連れてのピクニックだ。

「子どもも参加しますから、楽しくしないと。運動会やのど自慢など、いろいろなプロ
グラムを用意しています。準備に3ヵ月もかかりました」

その第1回が、筆者が取材に訪れた日の午後だった。バスを貸し切り郊外の公園に向か
う。一気に4000人の大移動は不可能であるため、このピクニックは数日かけて執り行わ
れる。

さて、日本のベンガル語学・文学研究者の第一人者に東京外国語大学の奈良毅名誉教授
がいる。バングラデシュの独立運動を日本から支えた中心人物のひとりであり、訪バの
際は国賓待遇という「日バ交流の重鎮」だ。その奈良教授がバングラビジネスの成功の
秘訣について、奇しくも次のように指摘している。

「成功の秘訣を一言で言うならば、いかにビジネスパートナーと家族的なつきあいがで
きるかにかかっているといえるでしょう。家族のためにはどんな犠牲をも払う、そんな
絆を日本人がバングラデシュ人との間に築けるかどうかです」

それはバングラデシュ人同士であっても同じこと。つまりこの地で勝ち組になるには、
金銭の多寡ではなく、むしろ家族同然のつきあいができるか、が問われているというわ
けだ。

ところで、マニックさんのもとには「“中国製”の工業ミシンを売ってほしい」という
オファーもあるという。条件は悪くはなかったが、彼は断った。

「中国製は日本製に比べて30%安いが、2年で使い物にならなくなってしまう」とマニ
ックさんは話す。2年で壊れれば、そこにまた買い換え需要が生まれる。中国ではよくあ
るパターンは、販売者であるマニックさんにとっても悪い話ではない。

それを断ったのは「顧客第一」だからでもある。「顧客を大事に」という感性は、伊藤
さんとマニックさんの間で互いに響き合っている。

そして、日本ブランドへのこだわりの根底にあるのは、独立以来、脈々と続く親日感情
でもある。最大のODA援助国という親しみもあるだろうが、それ以上に、日本人は嘘
をつかない、裏切らない――。その点がここバングラデシュの人々の間で、暗黙のブラ
ンド価値になっているのだ。

日本ブランドを売り込むためには、現地に日本人の存在が欠かせない。本社の企業文化
を伝え、サービスを伝える。その仕事は日本人にしかできないことだからだ。アジア最
貧国で、日本ブランドを普及させる日本人駐在員が徐々に増えている。その果敢な挑戦
に心からのエールを送りたい。

■『世界最大のNGO会長に聞く 南アジアと日本 貧困支援と利益の両立』
 http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d130522_0
 (BSフジ 2013年05月22日放送)

 中国やインドが著しい経済成長を見せる一方、他のアジア諸国の中には不安定な政治
や経済で、格差や貧困に苦しむ国はまだまだ多い。
 その一つであるバングラデシュでは、世界最大規模のNGO「バングラデシュ農村向上委
員会(BRAC)」が医療・教育・職業訓練など、様々な貧困者支援を行っている。その中
心的な事業が、マイクロファイナンスだ。これは貧困者の自立の為に、少額の資金を無
担保で貸し出す制度だ。現在、バングラデシュでは人口の約23%である約3500万人が、
これを利用していると言われている。
 そんなBRACと提携して、バングラデシュでマイクロファイナンスの専門家を養成した
り、通信会社に投資して成功を得ているのが原丈人氏だ。BRAC会長のアベッド氏と原氏
は、新技術を持つ日本企業がバングラデシュで事業を行えば、利益をあげられるだけで
はなく、貧困者支援にもつながると言う。
 果たしてその方策とは一体どのようなものなのか、両氏に聞く。

ゲスト:
 ファズレ・ハサン・アベッド バングラデシュ農村向上委員会創設者・会長
 原丈人 アライアンス・フォーラム財団代表理事
 猪瀬直樹 東京都知事(冒頭)

※ハイライトムービーをご覧いただけます。(5月末まで)

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