◆イベント情報◆
・東京ボイシャキメラ 4/20 池袋西口公園
案内チラシ:http://ow.ly/umWjl
■見出し(2014年03月16日) No2014-14
◯バングラでIC乗車券 渋滞解消へ日本の技術
◯バングラで日本語指導
◯【江藤詩文の世界鉄道旅】バングラデシュ鉄道(1)
日本人が架けた橋…「名前をつける自由もくれた」
◯【江藤詩文の世界鉄道旅】バングラデシュ鉄道(2)
乗車券売り場は“不思議”の連続…列車に遅れて茶店でひまつぶし
◯拡大するアジアのベビー市場、日本各社も攻勢で好業績、反日高まる中国でも人気
◯世界最貧国がデジタル立国に挑戦ポスト中国の“大穴”、バングラデシュ
■バングラでIC乗車券 渋滞解消へ日本の技術
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2014031502000231.html
(東京新聞 2014年3月15日)
電車やバスを乗車する際に利用されている日本のカード型IC乗車券の技術が、バ
ングラデシュで本格的に導入されることになった。国際協力機構(JICA)が四月
から今後三年間にわたり、ICカードを乗車券として活用した料金徴収システムを整
備していくことが決まったためで、導入により世界有数とされる交通渋滞の解消を目
指す。
導入のきっかけは、社員十五人のソフト開発会社、エヌ・ウェーブ社(東京都千代
田区岩本町、矢萩章社長)のバングラデシュ人従業員のアイデアだったという。
バスが現在、市民の主要な足となっている首都ダッカでは、バス会社別にチケット
販売をしているが、ひとつのバス停に乗客がチケットを求めて長蛇の列をつくって、
乗車に時間がかかり、これが渋滞の原因になっていた。販売員が売上金やお釣りの一
部を着服するなど正確な売り上げの把握ができないことも問題だった。道路整備が遅
れる中で、自動車やバイクが急速に普及したため、交通渋滞が一段と深刻になってい
る。
この従業員は、渋滞解消に向け、バングラデシュでICカードを利用できないかと
提案。同社はバングラデシュの国営バス会社に話を持ち込み、二〇〇九年からダッカ
の一部路線などで、同社と取引があったソニーの協力を得て、このカード乗車券のシ
ステムの導入を開始し、運営などに携わってきた。
導入で乗降時間の短縮をはじめ不正乗車の減少、売り上げ・乗客数の正確な把握に
効果があったため、JICAでは今回、同社との協力を踏まえて、一七年三月までの
三年間で総額約四億円の事業費を資金援助する。ダッカ都市交通調整局を実施機関と
して、ICカードを使った料金システムの確立に取り組む。
既にスイカなどと同じ方式のICカード二万枚以上をダッカのバス利用者に配布。
今後、複数のバス会社でカードを相互に利用できるような取り組みも行う。将来的に
は鉄道にも拡大していく方針だという。
※バングラでIC乗車券はSONYのFeliCa総合カタログにも掲載されています。
http://www.sony.co.jp/Products/felica/business/data/FeliCa_J.pdf
■バングラで日本語指導
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20140315-OYT8T00655.htm
(読売新聞 2014年3月16日)
静岡文化芸術大2年の田中志歩さん(20)が4月から1年間休学し、バングラデ
シュで少数民族の子どもたちに日本語や日本文化を教える。同国で教育支援に取り組
む学生団体「ちぇれめいえプロジェクト」の一環で、昨年に引き続き、2人目の駐在
となる田中さんは「日本とバングラデシュをつなぐ懸け橋になり、さらに支援の輪を
広げたい」と話している。
(南祐太朗)
田中さんが所属する同団体は、最貧国の一つ、バングラデシュの子どもたちを支援
しようと、同大の渡部清花さん(22)らが2013年1月に設立した。団体名の「
ちぇれめいえ」は、ベンガル語で「子どもたち」を意味する。紛争で両親を失った孤
児の生活や教育をサポートするほか、日本語教材や不足する少数民族の本を寄贈。こ
れまでに約160人から約160万円の寄付を集めて支援につなげてきた。
13年4月からは、同大の下沢嶽教授が同国で活動していたことをきっかけに、現
地の寄宿舎学校「モノゴール」で日本語を教える活動をスタート。チャクマ族ら11
もの少数民族が暮らす同国南東部のチッタゴン丘陵地帯で、渡部さんが大学を休学し、
初代駐在員として活動してきた。
田中さんは、3月中に帰国する渡部さんの後任として、4月に現地入りする。
国際協力活動を志し、同大学に入学したという田中さん。1年生の時、インドを荷
物一つで旅した際に、陸路で初めてバングラデシュに足を踏み入れ「おもちゃ箱をひ
っくり返したような、人々の熱気を感じた」。以来、すっかり同国のとりこになった
という。
将来の滞在に備え、下沢教授の指導の下、昨年4月から本格的にベンガル語を学び、
日常会話はほぼマスターした。これまでに4度、同国を訪れており、私服の半分は民
族衣装が占めるようになった。
出国まで2週間に迫り、不安もあるというが「自分なりにゆっくりとやりたい。日
本とバングラデシュを一つにつなげるきっかけを作れたら」と話す。
将来は、当事者の顔の見える支援ができるNGO職員になりたいと考えており、1
年間の現地生活でそのきっかけをつかむつもりだ。
◇
支援の申し込みなどは、ちぇれめいえプロジェクト(cheremeie@gma
il.com)まで。
http://cheremeie.wix.com/cheremeieproject
■バングラデシュ鉄道(2)
乗車券売り場は“不思議”の連続…列車に遅れて茶店でひまつぶし
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140313/trd14031316580012-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140313/frn1403131701004-n1.htm
(MSN産経ニュース 2014年3月15日)
「空港方面ですね。それなら乗車券は30番の窓口で販売しています」。バングラ
デシュの首都ダッカ。ダッカ・コムラプール駅(ダッカ中央駅)案内所にいた若い男
性は、きっぱりとそう言った。鈍行列車の窓口に行ってみると、番号表示はベンガル
語だけ。どこが30番なのか見当もつかない。
バングラデシュには親日家がとにかく多い。「おはようございます」「こんにちは」
と日本語で声をかけてくるから「こんにちは」と返せば、それで満足げにうなずいて
去っていく。ものを売りつけたり金銭をねだることはないので気は楽だが、ときには
記念撮影も頼まれるし、なんといっても人口が多いので時間がかかる。
30番をようやく探し当てると、案の定「残念ながら、この窓口ではなくふたつ先
です」との返答。見れば、わたしの前に並んでいた人もその前の人も、ふたつ先の窓
口に並び直している。謎めいたしくみに疑問を感じつつ、ようやく乗車券を入手した。
1時間ちょっと乗車して20タカ(バングラデシュの通貨はタカ)。日本円で約28
円。往復乗車券を購入しようと尋ねると、片道でも往復しても料金は同じだと言う。
これもよくわからない。
窓口には古びた鉄格子がはまっていた。安全上の理由だ。その前には引きも切らな
い長蛇の列。それなのに鉄格子のすき間を指差し、そこからカメラを差し込んで自分
の写真を撮れ、と、係員は言う。不可解の連続に思考が止まり、言われるまま撮影し
てしまった。
予定していた列車には予想通り乗り遅れ、次の出発まで1時間20分ある。時間を
持てあまし、構内にあった茶店に入った。なかなか繁盛している。朝食を取り損ねた
ので、あちこちで食べているパウンドケーキを適当に指差して注文する…。と、まる
ごと1本(約5人分)出てきた。
見慣れない人種が突然入ってきて、あちらも慌てふためいているようだが、こちら
だってどうしてよいかわからない。
だけど。バングラデシュならまあ、よいようになるだろう。お茶をカップから受け
皿にこぼし、それをすするベンガル人たちを見ながら、くつろいだ気分で甘いミルク
ティーに手を伸ばした。
◆取材協力:Bangladesh Tourism Board
http://tourismboard.gov.bd/
■【江藤詩文の世界鉄道旅】バングラデシュ鉄道(1)
日本人が架けた橋…「名前をつける自由もくれた」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140313/trd14031316580012-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140305/frn1403050319000-n1.htm
(MSN産経ニュース 2014年3月08日)
高速道路のど真ん中で、突然クルマが止まった。いま通っているこの橋は、日本の
ODA(政府開発援助)によって架けられた。そう聞いて、車窓を撮影しようとカメ
ラを取り出したときのことだ。
いくら交通量がさほど多くないとはいえ、有料道路の真ん中で、写真を撮るために
クルマから降りたことなどこれまでない。しかしドライバーのココさんは「だいじょ
うぶ、だいじょうぶ。後ろから他の車両が追い抜くときには知らせますから」と、無
邪気な笑顔を見せる。
川の名前はポッダ川。いくつかの大きな川により国土が分断されたバングラデシュ
では、橋は重要な役割を担っている。
上流に目をやると、現代的なアスファルトの橋と平行して架かった古めかしい鉄橋
を、ガタンゴトンと心地よい音を響かせながら、列車がのんびり通り過ぎていった。
ハーディング橋。イギリスが植民地支配した時代の置き土産だ。英語名がそのまま残
っている。
新しい橋は、親しみをこめて「ラロン・シャハ橋」と呼ばれている。ラロン・シャ
ハとは19世紀に生きた「バウル」の聖人の名前。「バウル」とは、ベンガル地方を
旅しながら、ベンガル語で信仰の歌を歌う吟遊詩人のこと。ラロン・シャハンは「バ
ウル」のなかで、もっとも崇拝されている。「日本は橋をくれました。そしてベンガ
ル人が尊敬する聖人の名前をつけることができたのです」。
対向車線を、屋根にまで人や荷物を積み上げたバスが猛スピードで突っ走っていく。
事故は日常茶飯事。安全上の理由から制限が検討されているが、貧困層が多い現状で
は黙認せざるを得ないそうだ。
躊躇しながらカメラを向けると、屋根の上の人々は小さく手を振って真っ白い歯を
見せた。
◆取材協力:Bangladesh Tourism Board
http://tourismboard.gov.bd/
■拡大するアジアのベビー市場、日本各社も攻勢で好業績、反日高まる中国でも人気
http://biz-journal.jp/2014/03/post_4387.html
(Business Journal 2014年3月15日)
国内の少子化に歯止めがかからず、ベビー市場には逆風が吹き荒れる。ただ、紙お
むつのユニ・チャーム、哺乳瓶のピジョンは、アジアのベビー市場が業績を牽引し好
調だ。両社はインド市場の開拓を急ぐ。インドで紙おむつ3強の一角を占めるユニ・チャ
ームは、東部アンドラ・プラデシュ州で建設中の第2工場を2015年に完成させる。首都
・ニューデリーにある第1工場と離れた場所に生産拠点を設けることで、物流が未成熟
なインド市場で販売エリアを拡大する。
哺乳瓶のピジョンは、ニューデリー近郊の工業団地に新工場を建設している。20年
のフル稼働期には哺乳瓶を年間200万個、哺乳瓶の吸い口部分を同2000万個生産する計
画だ。吸い口の生産規模は日本の販売量の4倍に当たる。ピジョンはこれまで300ルピ
ー(約500円)で販売してきた輸入品の価格を、現地生産により180ルピーに下げ、10
0ルピーで売る現地企業との価格差を縮め、販売攻勢をかける。バングラデシュとパキ
スタンへの輸出・販売も視野に入れている。
ベビー用品各社は中国市場に力を入れてきたが、中国に依存しすぎるリスクを見据
えてインド市場に着目した。インドでは女性が早く結婚するうえに、乳幼児の死亡率
が高いため、子供をたくさん持とうとする傾向が強い。ユニセフ(国連児童基金)の
「世界子供白書2013」によると、インドの年間出生数は2710万人。パキスタンやバン
グラデシュを合わせた3カ国の合計は3488万人。中国の1636万人の2.1倍で、世界最大
のベビー市場なのである。ちなみに、日本の出生数は同107万人。インド、パキスタン、
バングラデシュを合わせると、日本の30倍の新生児が誕生するのである。
●ユニ・チャームは過去最高益
ユニ・チャームの13年4~12月期の連結決算は絶好調だった。売上高は前年同期比2
0%増の4389億円、営業利益は8%増の491億円となり、売上高は10期連続、営業利益は
3期連続で過去最高を更新した。
好調な海外事業が業績を支えている。海外売り上げの構成比率は7ポイント上昇して
57%と過去最高を記録した。なかでもアジアのそれは42%と6ポイントアップした。イ
ンドネシアでは低価格の紙おむつが好調で、タイでも紙おむつの新製品が伸びた。
同決算における国内売上高は1897億円、対するアジアのそれは1842億円で国内とほ
ぼ肩を並べ、アジアが国内を上回るのは時間の問題だ。営業利益の増加率は、国内は
2%弱にとどまるがアジアは30%の増益となり、ユニ・チャームの紙おむつが「アジア
の勝ち組」といわれるゆえんだ。
14年3月期は売上高が前期比17%増の5800億円、営業利益は18%増の700億円の見込
み。利益を株主に還元するため、最大で120億円の自社買いを実施する。ユニ・チャー
ムの紙おむつ「ムーニー」はアジア市場を席巻しているが、中国では苦戦を強いられ
ている。来期に予定している高級品の販売に備えて、在庫を回収した費用が膨らんだ
ためだ。
中国では、日本製紙おむつが飛ぶように売れている。そのため、日本国内に紙おむ
つの買い占め・輸出を行うブローカーが横行し、国内では品薄を嘆く声が聞こえるほ
どだ。特に人気なのは花王の「メリーズ」だ。
ユニ・チャームは市場が拡大している国にいち早く入り、シェアを獲得する戦略を
採ってきた。先行して進出したインドネシアとタイでの紙おむつのシェアは60%を占
めたが、中国には参入が遅れ、苦戦が続いている。
今後、ユニ・チャームは世界最大のベビー市場であるインドでトップシェアを狙う。
インドでの紙おむつ市場は「ハギ―ズ」を販売する米キンバリークラーク、「パンパ
ース」の米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)とユニ・チャームの3強の争いに
なっている。
●反日感情根強い中国でも人気
反日感情が根強い中国だが、中国人消費者の日本製品に対する信頼は厚い。特に乳
幼児向け製品は、日本製が「安心できる」として大人気だ。ピジョンの哺乳瓶は高額
にもかかわらず飛ぶように売れ、富裕層の間で確固たる地位を築いている。今や、中
国全土の1万4000店でピジョン製品が扱われ、哺乳瓶のシェアは50%に達する。
ピジョンの哺乳瓶は、その吸い口に人気がある。柔らかさと飲みやすさを母親の本
物の肌に近づけたからだ。創業者の仲田祐一氏が、母乳が出る水商売の人ら1000人の
乳房に触れ、理想的なキャップの吸い口をつくり上げたという逸話は有名だ。
近年では、エコー画像で乳児が哺乳瓶を吸う口の動きを分析している。ピジョンの
吸い口は新生児、1カ月、3カ月と、乳児の月齢に応じたものになっている。
ピジョンの14年1月期の連結売上高は前期比19%増の774億円、営業利益は46%増の
103億円となった。売上高と営業利益は過去最高を更新したが、中国事業が想定以上に
伸びている。海外事業で全社売り上げの半分、営業利益は7割を稼ぎ出す勢いだ。15年
1月期の売り上げは14年対比で9%増の845億円、営業利益は同12%増の116億円を見込
む。
ピジョンが中国に続いて着目したのがインド市場だ。ベビー市場は経済成長による
市場拡大で中国など東南アジア諸国が先行したが、ここ数年はインド、パキスタン、
バングラデシュの市場拡大に関心が高まる。所得向上と衛生意識普及の相乗効果で、
ベビー市場が本格的に立ち上がろうとしているのが最大の魅力である。
■世界最貧国がデジタル立国に挑戦ポスト中国の“大穴”、バングラデシュ
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40038
(JBress 2014年03月04日)
2013年末、中国のあるIT関連企業がこんなSOSを発した。
「現場は人件費の高騰で厳しい状況が続いている。人手が足りない。このままでは
旧正月も休み返上で出勤だ」――。
この会社は日本から受注したデータ入力作業を行っているのだが、中国では人件費
がうなぎのぼりに高騰し、業務遂行がいよいよ困難になってきたというのだ。
これまで安定的に推移してきた中国のアウトソーシング(業務受託)ビジネスも、
賃金の高騰、進行する元高、さらには労働者からの度重なる労働条件改善要望などで、
これまで通りとはいかなくなった。
日本のIT業界も「中国のみに依存することは危険」という認識から、東南アジアや
南アジアへのシフトを強めている。尖閣諸島をめぐる日中の関係悪化は、中国に潜在
するカントリーリスクをまざまざと突き付けた。
<外国帰りの中国人IT技術者が活躍>
「アウトソーシング」を改めて説明すると、企業が自社の業務の一部を外部企業に
委託し、その外部企業のリソースを利用することで経営効率を高める方法の1つである。
日本のソフトウエア産業の場合、海外における最大のアウトソーシング先は中国で
あり、2001年前後から本格化したと言われている。その受け皿となったのが、日本語
が堪能な留学帰りの中国人たちだった。
パソコン1台あれば簡単に起業できる手軽さから、1990年代初めには小規模なベンチャ
ー企業が続出した。現在、中国のソフトウエア産業の輸出先の6割は日本である。中国
のIT業界の急速な発展は日本というパートナーを得たことの結果だと言えよう。
2012年、中国のアウトソーサー(業務を受託する企業)は2万社を超え、約420万人
が就業するまでとなった。ちなみに中国最大のアウトソーサーは“Pactera Technolo
gy International”(文思海輝技術有限公司)という会社だ。1995年の設立以降、金
融、ハイテク、通信、エネルギー、製造など、様々な領域における受注をこなしてい
る。
90年代から始まった日本企業の対中アウトソーシングは、大手電機メーカーが中心
となって開発体制を整備し、その後、ひたすら量をこなすための拡大戦略がとられて
きた。当時、規模のある業務を受注できる中国拠点の育成は、日本企業にとって焦眉
の急の課題であった。
一方で、中国人は実力を蓄えるとすぐに独立する傾向が強い。そのため50人規模の
企業が乱立する状況が続き、なかなかスケールメリットが出せないでいた。
こうしたプロセスを経ながらも、中国のアウトソーシング業界は成長した。2012年、
中国のアウトソーシング業務の総額は465億ドルに達し、前年比43.8%の伸びを遂げた。
日本企業が中国のアウトソーシング業界拡大の牽引役となったことは言うまでもない。
<デジタル立国を目指すバングラデシュ>
しかし、その中国での事業は近年コスト高となり、「そろそろ限界か」と言われる
ようになってきた。
近年、日本企業が関心を高めているテーマに「ポスト中国はどこか」がある。つま
り、どの国でアウトソーシングを行うかということだ。現在、タイ、ベトナム、イン
ドネシアなどに注目が集まっているが、“大穴”の如く出現したのがバングラデシュ
である。
バングラデシュの国家的スローガンは「デジタルバングラデシュ」。IT産業を核と
した経済の活性化である。国土が狭く、産業基盤もないバングラデシュにとって、唯
一発展の原動力となり得るのが「英語を使いこなせる優秀なエンジニア」の育成だ。
彼らを経済発展のエンジンとし、独立50周年にあたる2021年までに中所得国になるこ
とを目標とする「ビジョン2021」政策を掲げている。
「アジア最貧国がデジタル立国?」と意外に思う読者もいるかもしれない。しかし、
以前、当コラムでも紹介したように、ダッカ市内の一部の路線バスでは日本の「Suic
a(スイカ)」に相当するICチケットシステムが導入されるなど、都市生活のIT化が着
々と進んでいる。
通信環境も整ってきている。先進国では「電話網→ISDN→ADSL→光ファイバー→無
線」と発展してきたが、バングラデシュでは一足飛びに光ファイバーや無線の整備に
入っている。不安定と言われる電力事情も、近年はビルごとに自家発電機を設置して
おり、課題克服が進んでいる。
また、携帯電話ユーザーは1億1000万人。バングラデシュの人口は1億6000万人だか
ら、その普及率は70%近くに達する。町を走る小型三輪タクシーの運転手も携帯電話
を肌身離さず活用している。
ダッカ市内には、地元のIT企業が入居するオフィスビルも少なくない。バングラデ
シュ財務省によれば、同国のIT産業は、関連企業が1000社以上、IT技術者が7万人以上、
という規模に成長した。
政府もIT産業の発展を後押しする。バングラデシュに進出する外資企業に対しては
すでに数々のインセンティブを打ち出しており、法人税やハードウエア輸入税、また
駐在員の所得税などの優遇税制措置を掲げるほか、ハイテクパークなどの設立を急い
でいる。
日本企業もバングラデシュに高い関心を寄せる。11月15日に都内のホテルで駐日バ
ングラデシュ大使館が主催したITセミナーには、多くの日本企業が訪れた。壇上に立
ったバングラデシュのIT専門家は「次の10年でスーパーパワー・オブ・ザ・ワールド
になる」と力を込めた。
<IT産業の発展は人の流れがもたらす>
中国の中信建設証券の資料によれば、2013年のオフショアアウトソーシングの受注
都市トップ10は、以下の通りほとんどインドが占めている。中国ですら都市名が出て
くるのは11位以降だ。現時点では、バングラデシュが登場する余地はない。
【2013年 オフショアアウトソーシング受注都市のトップ20】
1. バンガロール(インド)
2. ムンバイ(インド)
3. マニラ(フィリピン)
4. ニューデリー(インド)
5. チェンナイ(インド)
6. ハイデラバード(インド)
7. プネ(インド)
8. セブシティ(フィリピン)
9. ダブリン(アイルランド)
10. クラクフ(ポーランド)
11. 上海(中国)
12. 北京(中国)
13. サンホセ(コスタリカ)
14. 深セン(中国)
15. 大連(中国)
16. ホーチミン(ベトナム)
17. プラハ(チェコ)
18. サンパウロ(ブラジル)
19. クアラルンプール(マレーシア)
20. コロンボ(スリランカ)
(出典:中信建設証券)
インドがこれほどまでのIT大国になった理由は何だろうか。拓殖大学国際学部の小
島眞教授は次のように指摘する。「インドは世界でも屈指の高等教育人口を抱える人
材大国であり、ネルーの時代から理工系人材の育成に力を注いできた(注:ジャワハ
ルラール・ネルーが初代インド首相を務めたのは1947~64年)。
80年代にこれらの人材はインド国内で雇用機会に恵まれずアメリカに渡るが、彼ら
はアメリカでIT革命に遭遇した。90年代には、アメリカではコンピューターの2000年
問題の対処のために多くのインド人IT技術者が活躍し、信頼を高めることになった。
彼らの多くはプロフェッショナルとして活躍し、米国企業とインドのアウトソーサー
のパイプ役にもなった」
インドは2012年に業界規模が1000億ドルに成長し、全世界のアウトソーシング市場
の約6割を占めるに至った。上記で見たように、現在のインドのIT産業の隆盛は、アメ
リカに学んだ大量のインド人技術者らの力に負うところが大きい。
他方、バングラデシュのソフトウエア輸出額は1億ドルを超えたばかり。中国は201
2年時点で368億ドルを輸出しており、中国には遠く及ばない。日本の専門家も「バン
グラデシュでIT産業が台頭するのはまだまだ先」と見ている。
だが、バングラデシュが持つアドバンテージは無視できない。まずは、コスト競争
力である。「日経コンピュータ」(日経BP社発行のコンピューター雑誌)の記事によ
れば、日本人1人のコストでインドでは5人雇用することができ、バングラデシュでは
9人を雇用できるという。ちなみにバングラデシュのIT技術者の月給は30代前半で1万
7000タカ(日本円で2万2100円。1タカ=約1.3円で計算)程度だと言われている。
<あっという間に成長したインド、中国のIT産業>
バングラデシュのIT立国が実現するには、インドや中国と同様に「人の流れ」が重
要となってくる。すなわち、先進国に学び、そこで得たものを持ち帰る人材がどれだ
け現れるか、である。
バングラデシュでは、隣国インドでITを学び帰国したバングラデシュ人がIT産業を
支えている。日本で活躍するバングラデシュ人のIT技術者も、デリー大学やマドラス
大学などインドの大学の卒業者が散見される。
バングラデシュにとって、インドは追いつき追い越すべき目標である。そこには、
かつて中国が日本に対して抱いた感情と共通するものが垣間見える。中国が日本を目
標としたように、バングラデシュもいつかインドを乗り越えようと躍起になっている。
さて、冒頭で登場した中国のアウトソーサーは、「中国の賃金高騰」を受けて、バ
ングラデシュにアウトソーシングすることを検討した。しかし、バングラデシュには
その仕事を受注できる体制がまだ十分に整っていないため、今年は断念せざるを得な
かった。
とはいえ、この経営者はバングラデシュを候補地から排除してはいない。むしろ着
々とその準備を進めている。
インドがIT立国を目指してから10年で、バンガロールは世界屈指のIT都市に成長し
た。インドの次は中国が頭角を現し、やはり10年の間に急成長した。中国、インドに
共通するのは、「あっという間の成長」でもある。おそらくバングラデシュも今後10
年で劇的な変化を遂げることだろう。

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