バングラデシュのニュース(2014/11/16) ★11/19にバングラデシュに関する講演会があります。 その2

■中国、4.5兆円超の基金創設へ 「シルクロード経済圏」
 http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM08H27_Y4A101C1FF8000/
 (日本経済新聞 2014年11月8日)

【北京=大越匡洋】中国はシルクロード経済圏構想の実現へ取り組みを加速する。
8日に北京で関係国の会議を開き、中国が独自に400億ドル(約4兆5800億円)の
基金を創設し、対象地域のインフラ整備を支援すると表明した。中国が中心とな
って設立するアジアインフラ投資銀行(AIIB)と合わせ、豊富な資金力を武
器に周辺地域への影響力を強める。

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚会議が北京で開かれた7~8日、
習近平国家主席はAPEC加盟国ではないバングラデシュなどの首脳と相次いで
会談した。習氏は「『シルクロード経済圏』と『21世紀の海のシルクロード』を
建設しよう」と呼びかけた。

 中国は8日、バングラデシュ、タジキスタンのほか、ラオス、モンゴル、ミャ
ンマー、カンボジア、パキスタンの首脳と国際会議を北京で開いた。習氏が議長
を務める「相互接続パートナーシップ強化対話会議」と名付けた初めての会議で、
シルクロード構想の要に位置する国々を集めた。

 習氏は会議で、中国が400億ドルの「シルクロード基金」を創設すると表明した。
周辺地域の鉄道やパイプライン、通信網などのインフラ整備を援助する。中国が
主導して設立するAIIBについても、1千億ドルの資本金の約半分を中国が拠
出する予定だ。

 AIIBによる融資に加え、同基金を通じて中国がより直接関与する形で資金
援助する。豊富な資金力をテコに、米国の意向に左右されにくい広域経済圏を築
く考えだ。

 中国にとって最大の貿易相手である欧州連合(EU)につながる地域への影響
力を強め、中東や中央アジアからの資源輸入の輸送ルートを万全にする狙いもあ
る。中国国内で生産過剰に悩む国有企業の海外進出を後押しする思惑もある。

 中国メディアは習指導部のインフラ外交を「中国版マーシャルプラン」と呼ぶ。
米国は戦後、西欧の復興を援助し、西欧諸国は流入した多額のドルを使って米国
から物資を買い入れた。ドルが世界に広がり、ドルの基軸通貨化が加速した。

 中国のインフラ外交もアジアの貿易や投資で人民元の使用を増やし、元を国際
通貨に育てる戦略と一体となっている。

 ▼シルクロード経済圏 習近平国家主席が提唱する構想。陸と海の2つがあり、
中国を起点に中央アジアから欧州に至る「シルクロード経済圏(ベルト)」と、
中国沿岸部からアラビア半島までを結ぶ海上交通路「21世紀の海のシルクロード」
を指す。両者をまとめて「一帯一路」と呼ぶ。

■バングラのプロジェクトで初のガス生産=米シェブロン〔BW〕
 http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014111100325
 (時事通信 2014年11月11日)

 【ビジネスワイヤ】石油大手の米シェブロンは、バングラデシュのビビヤナ拡
張プロジェクトで天然ガスの生産を開始したと発表した。拡張プロジェクトでは、
既存ガスプラントを拡張し、新たなガス井を開発するとともに、天然ガス液回収
装置の機能を強化。これにより、バングラデシュにおける同社の天然ガス生産能
力は日量14億立方フィート(約4000万立方メートル)に、天然ガス液の生
産能力は日量9000バレルに達する見込み。

■紙の地図を見ながら人とふれあう自転車旅 
 山下晃和さんがツーリングのトークショー
 http://cyclist.sanspo.com/159727
 (Cyclist 2014年11月09日)

千葉・幕張メッセで開かれた国内最大の自転車ショー「サイクルモードインター
ナショナル2014」で11月9日、モデルでサイクリストの山下晃和さんのトークショ
ーが行なわれた。10月にネパール、インド、バングラデシュを巡るおよそ1カ月の
自転車ツーリングを終えてきたばかりという山下さんは、飛行機輪行のハウツー
や地元の人たちとのふれあい、現地の食事など旅の魅力たっぷりのエピソードを
披露した。

総重量32kg 旅仕様の愛車を紹介.

 山下さんは、「実際にこれで走った」という愛車とともに登壇。輪行の際に「
重量計とにらめっこしながら総重量32kgになるように抑えた」というバッグやボ
トルといった装備も再現され、訪れた大勢の観客の視線を引きつけた。
また旅の様子を収めた山下さんの写真がスライドショーにまとめられ、人々との
コミュニケーションの場面や、手で食べる現地の食事風景、壮大なヒマラヤ山脈
を背景にした記念写真などが次々に映し出された。

 これまでに、南米や東南アジアなど長期のツーリングを経験してきた山下さん。
今回の旅では、ネパールを中心に、友人と共に巡る期間が長かったという。複数
人で旅をするメリットについては、「治安が悪いところで荷物番をしてもらい、
代わりばんこにトイレに行くことができる」とユーモアを交えて紹介。ふだんは
「『ちょっと1カ月ツーリングへ行こうよ』と誘っても、日本では皆が忙しくてな
かなか一緒に行ってはもらえない」という悩みも打ち明けた。

あえて選ぶアナログな手段.

 山下さんが「装備の中であえて持たないもの」に挙げたのは、GPS付きサイクル
コンピューター。その理由として、「ルートを登録してしまえば誰とも話さない
ままゴールに着いてしまう。人とのコミュニケーションを取るためにも、アナロ
グな手段を選んでいます」と、紙の地図でルートをたどる旅の醍醐味を語った。

 またテントではなく宿に泊まることによってコミュニケーションが生まれ、「
旅に必要な情報も得ることができる」と話した。

 村や町で自転車を止めると、あっという間に50~150人の老若男女に囲まれるこ
とが「良さでもあり大変なところでもある」と笑いながら話した山下さん。今回
の旅で印象的だったこととして、「人々に囲まれているうち写真を撮られ、バン
グラデシュのある村では『フェイスブックにアップしていいか』と聞かれたこと
があった。その後、南下していった先で『お前、北の方を走ってきただろう! フ
ェイスブックで見たぞ』と言われて驚いた」というストーリーを紹介した。

■習近平主席、バングラデシュ大統領と会談
 http://japanese.cri.cn/881/2014/11/08/142s228718.htm
 (中国国際放送 2014年11月08日)

中国の習近平国家主席は8日北京・人民大会堂で、バングラデシュのアブドゥル・
ハミド大統領と会談しました。
 習主席は「シルクロード経済帯と21世紀海上シルクロードの建設は両国の協力
に新しい機会をもたらすだろう」とし、来年の両国国交樹立40周年を契機に、貿
易、農業、インフラ整備、海洋など各分野における協力を強化し、伝統的な友情
を深めるべきだと指摘しました。

 習主席はまた「バングラデシュは南アジアとインド洋地域における中国の重要
な協力パートナーだ」と述べ、双方が中国・バングラデシュ・インド・ミャンマ
ー経済回廊の建設を推し進め、またバングラデシュが創始者としてアジアインフ
ラ投資銀行(AIIB)に加入することに期待を寄せました。

 これに対して、ハミド大統領は「バングラデシュは貧困撲滅と開発を加速させ
ることに取り組んでいる。中国の成功した経験を参考にし、”一帯一路(シルクロ
ード経済帯と21世紀海上シルクロード)”建設のチャンスを掴み、両国の貿易と相
互連結(コネクティビティー)を促していきたい」との考えを示しました。

■「気候変動への適応と防災策の強化を アジアの課題と提言」
 http://www.sankei.com/economy/news/141107/prl1411070126-n1.html
 (産経新聞 2014年11月07日)

オックスファム・ジャパン
オックスファムは、パキスタン、フィリピン、ベトナム、バングラデシュ、イン
ドネシアの5国を対象とした気候変動対応策を調査し、政策の把握と評価を行いま
した。

近年、気候関連の自然災害、そしてその被害額総額は増加の一途を辿っています。
特にアジアは、もともと気候関連のリスクが比較的高い地域でもあり、適切な対
策や投資も不足しており、リスクを増加させています。

気候変動への適応策や防災政策の充実により、特に貧しいコミュニティの人々が
直面するリスクの軽減が喫緊の課題です。このためには、国レベル、地域レベル、
国際レベルでのリーダーシップが必要です。

確かに、オックスファムが調査を行った5カ国の政策には、前向きに評価できる傾
向も見られました。しかし、政策の導入、現場での実施においては多くの課題が
見られました。

増加する災害リスクに対して、各国政府は、より包括的、実効的そして協調の取
れた政策を導入し、実施する必要があります。地域レベルでは、東南アジア諸国
連合(ASEAN)などが果たす役割の強化が必要であると指摘します。また、先進国
は、気候資金の拠出や適応策の支援などの然るべき責任を果たして行く必要があ
ります。

気候変動への適応と防災策の強化を アジアの課題と提言 (日本語)
http://grow.oxfam.jp/wordpress/wp-content/uploads/141107-cant-afford-to-waitJapanese.pdf

■英首相「いつかアジア人の宰相が出現することを望む」
 http://japanese.ruvr.ru/news/2014_11_06/eikoku-ajia/
 (ロシアの声 2014年11月06日)

 英国のキャメロン首相は、いつの日か英国をアジア出身の政治家が治めること
を望んでいる。水曜、英国文化相サジド・ジャヴィド氏がアジア出身者として英
国で最も影響力のある人に認定されたことを祝って述べた。

 英首相の言うアジア人とは、旧植民地であるインド、パキスタン、バングラデ
シュ、スリランカの出身者のことである。

 ジャヴィド文相は1969年、パキスタン移民の子として、イングランドに生まれ
た。キャメロン首相は水曜、様々な分野で活躍するアジア出身英国人に贈られる
賞の、今年の授賞式でスピーチした。

 「英国では依然としてアジア人の高い地位への進出が捗々しくない。ロンドン
証券取引所に上場している上位250企業の取締役会、英国議会、サッカーチームの
コーチ、高等裁判所判事、世界各地に展開しているわが戦闘機、軍艦、戦車のコ
クピットに、アジア出身者は十分に多く見出されない。変化が必要だ。「判事閣
下」とか「将軍閣下」とか「議員先生」とかの尊称に続いて、もっとアジア人の
名前が聞こえてきてほしい。そして、「英国首相」という肩書にも、アジア人の
名前が続いてほしい。何も私の次の人に、というわけではない。あなたがたが反
対でなかったら、の話だ」とキャメロン首相。

■モジラとGSMAが提携 – 新興市場でのネット利用者増加促進で協力
 http://wirelesswire.jp/Watching_World/201411071342.html
 (ワイヤレスワイヤーニュース 2014年11月07日)

モジラ(Mozilla)は米国時間6日、世界の携帯通信事業者などがつくる業界団体
GSMアソシエーション(GSMA)と提携し、インターネット普及が遅れている地域で
のインターネットアクセスやコンテンツ作成/配信の促進で協力していくことを明
らかにした。

両者はこの提携を通じて、インターネット普及が遅れている地域でのローカル・
コンテンツの作成やデジタルリテラシーの向上、低価格のスマートフォンの提供
などの取り組みを進めていくという。そのなかでは、モジラのモバイルコンテン
ツ作成ツール「Webmaker」や廉価帯スマートフォンへの搭載が進んでいる「Fire
fox OS」などを活用していく考えも明らかにされている。なお、モジラとGSMAは
すでにケニアやブラジル、インド、バングラデシュなどでフィールドテストを開
始しているという。

モジラは米国時間4日に、世界のインターネットの現状に関する報告書を公表して
いたが、そのなかで英語を第一言語とするネットユーザーの割合が全体の5%程度
に過ぎないいっぽうで、英語のウェブコンテンツは全体の56%を占めているとし、
この「言語の壁」の問題が将来的にインターネット普及の妨げになる可能性を指
摘していた。

いっぽう、モジラは米国時間5日、アフリカで携帯通信事業を行うエアテル(Air
tel)、MTN南アフリカ(MTN South Africa)およびティーゴ(Tigo)の各社が「
Firefox OS」端末の取り扱うことになったことも明らかにした。「Firefox OS」
端末はこれまで欧州、ブラジル、インドやアジアの各市場で発売されていた。

■直視すべき温暖化の危機
 http://www.nikkei.com/article/DGXKZO79345270W4A101C1EA1000/
 (日本経済新聞 2014年11月6日)

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化の進行の科学
的な予測と、これから選択しうる対応策をまとめた報告書を7年ぶりに改訂し、
公表した。

 報告書は、地球の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑えるには、
温暖化ガスの排出量を世界全体で2050年までに10年比で40~70%減らし、今世紀
末にはほぼゼロにする必要があるとした。

 現時点では実現が不可能とも思える数字だ。IPCCはそれが科学が示す現実
だとして、世界各国に早期の対応を迫った。

 すでに豪雨や干ばつなど気象災害が世界で頻発し、バングラデシュなどでは海
面上昇により国土が失われている。2度を超えて温暖化が進むと、穀物生産など
への悪影響が心配され、グリーンランドの氷床融解といった取り返しのつかない
事態も発生しうる。

 温暖化が世界の共通課題に浮上した国連環境開発会議(地球サミット)から22
年。温暖化ガスを十分に減らせぬまま、事態はここまで深刻になったといえる。

 一方でこの間に再生可能エネルギーや燃費性能が高い自動車が世界で普及した
のも確かだ。省エネ意識も国際的に浸透しつつある。ただそうした変革が中国な
どの成長に伴う温暖化ガスの排出増加にこれまでは追いつけなかった。

 今後、さらなる技術革新とエネルギーの利用効率の高い社会づくりを世界が競
って進めることで、温暖化ガスの排出を可能な限り小さくする道はあると、IP
CCは結論づけた。新技術や新産業の創出を促す国内外の制度づくりを通じ、環
境と経済の両立も実現できるはずだ。

 報告書は温暖化ガス削減の達成に「多様な道筋がある」とした。各国はそれぞ
れの国情に沿い最大限の努力を傾けていくべきだ。

 東日本大震災以降、日本では温暖化対策が停滞してきた。環境先進国にふさわ
しい目標と戦略を再構築すべき時にきている。

■海外の高校生と安達高生交流 ユネスコスクール大会前に
 http://www.minyu-net.com/news/topic/141105/topic2.html
 (福島民友 2014年11月5日)

 岡山市で6、7の両日開かれるユネスコスクール世界大会高校生フォーラムを
前に、同フォーラムのプレイベントとして東北地区の地域交流会が4日、二本松
市の安達高で開かれた。
 同フォーラムに参加するフランスやレバノン、ペルー、バングラデシュの高校
生ら20人が訪れた。同校の佐藤恵美生徒会長(17)が英語で歓迎あいさつし、
代表のペルーの高校生から同校に記念品が贈られた。参加した各国の高校生らは
書道や剣道、茶道の授業を見学したり実際に体験し、日本文化の一端に触れた。

 世界大会は「国連持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」の最終年
に合わせ、ESDに関するユネスコ世界会議の一つとして開かれる。同フォーラ
ムにはユネスコスクール認定校として同校も参加し、原田悟さん(16)ら2年
生4人が「風評被害から福島の未来を考える」と題し、英語で発表する。原田さ
んは「発表を通して福島の現状を伝えるとともに、海外の高校生から多くのこと
を学んできたい」と抱負を語った。

■U21東南アジアで3戦 五輪予選暑さ対策
 http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20141105-1392020.html
 (日刊スポーツ 2014年11月5日)

 16年リオデジャネイロ五輪を目指すU-21(21歳以下)日本代表が、来
年のアジア1次予選(3月23日開幕、開催国未定)に備えた強化試合を3試合、
計画している。4日に東京・文京区のJFAハウスで行われたJリーグ強化担当
者会議で報告され、各クラブに選手派遣協力が要請された。12月の東南アジア
遠征でU-21タイ代表とバングラデシュA代表と対戦。さらに来年2月、敵地
でU-21シンガポール代表と戦うことを最有力に調整している。

 リオ五輪アジア1次予選突破へ、手倉森ジャパンが“東南アジア3番勝負”で
強化を図る。1次予選はアジアが東西4グループずつ分かれ、東アジアは4の国
と地域で行われる。うち1会場に内定しているのがインドネシア。日本が同国で
のグループに入った場合に備えた「暑熱対策」(霜田技術委員長)として12月
に東南アジアへ遠征。そこでU-21タイ代表、バングラデシュA代表と対戦す
る。

 強化担当者会議の出席者によると、一時はインドネシアの国内クラブと練習試
合を行う計画もあったが、あくまで“保険”。日本協会幹部が代表同士の日程を
調整していた。U-21タイ代表は、9月の仁川アジア大会で4強入り(日本は
8強)したU-23タイ代表に8人が飛び級で選ばれている難敵。バングラデシュ
A代表は最新FIFAランク176位(日本は52位)と強国ではないが、日本
のA代表と93年を最後に試合しておらず不気味な存在だ。

 さらに、予選開幕1カ月前も赤道に向かって飛ぶことが判明した。相手は最終
調整中だが、本番前の総仕上げとして2月中旬、敵地でU-21シンガポール代
表と対戦する計画がある。先月A代表がブラジルと戦った地は、2月でも平均最
高気温が31度を超える。酷暑で体を慣れさせる狙いだ。

 いずれの国も格下ではあるが、日本協会は対戦経験が必要と考えている。U-
21代表はこれまで国際試合を10戦(練習試合含む)したが、うち7戦が中東
に偏っている。東南アジアはネパールだけ。U-19代表が先月のベトナム戦で
苦戦した例も念頭に、盤石の予選突破へ肌を合わせておく。

 12月の遠征は日程面でも追い込む。短期間でタイとバングラデシュを渡り歩
く予定で、手倉森監督は「暑くグラウンドの状況も良くないところに、移動も加
える。さらに練習で疲れさせた状態でゲームに出す」と明言。1次予選は中1日
か2日で4試合の予定で「きつい状態、完全アウェーの中でも戦えるタフな選手
を発掘したい」とサバイバルを予告した。

 U-21代表は12月11日に出国予定。同13日に行われる天皇杯決勝に進
んだ2クラブからは招集しないが、それ以外から人数制限なしでベストメンバー
を選ぶ。

 ◆リオ五輪アジア予選 今回から中立地での短期集中開催(セントラル方式)
で出場国を決める。第2回U-22アジア選手権が五輪予選を兼ね、1次予選の
開催地や対戦国は12月上旬に決定。1次予選を突破した東西8チームずつ計1
6チームが16年1月の最終予選(U-22選手権本大会、中東開催予定)に進
む。前回ロンドン大会のアジア枠は3・5。準決勝進出が五輪切符獲得の最低条
件。

■U-21日本代表がタイ、バングラデシュで12月合宿へ
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141105-00000049-sanspo-socc
 (Yahooニュース 2014年11月5日)

 リオデジャネイロ五輪を目指すU-21日本代表が12月に予定している東南
アジア合宿を、タイとバングラデシュで行うことが4日、分かった。

 タイでは仁川アジア大会4強入りのU-21同国代表と、バングラデシュでは
A代表と強化試合を行う予定。

 来年2月にも海外遠征し、3月の五輪アジア1次予選に備える。

■ローマのウナギ漁師
 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world_telescope/article/124895
 (西日本新聞 2014年11月04日)
 
 ウナギは食べるのも見るのも苦手。家族は好きなので私がいないときを見計ら
って食べる。隠れて食べていると思うと、いい気持ちはしない。とはいえ、ニホ
ンウナギが絶滅危惧種に指定され、食文化の行く末が心配だ。
 ヨーロッパウナギもまた絶滅危惧種。ローマを流れるテベレ川では数十人いた
といわれるウナギ専門の漁師が今ではたった1人になった。その漁師チェザーレ
・ベルガミーニさん(74)を英BBC電子版が取材している。
 「生活排水などで川が濁ったため、役所が塩素を入れている。微生物が死んで
水は澄んだが、ウナギの餌もなくなった」と嘆く。「でも」と、チェザーレさん
が見せたのは購入した大量のカタツムリ。川に仕掛けた250の網に入れている。
「ウナギの大好物さ」
 テベレ川には他の魚を捕る漁師もいる。多くが高齢化しているが、その後継役
をバングラデシュからの移民が果たしているそうだ。
 イタリアではクリスマスに「悪魔の化身」とされるウナギを食べて息災を祈る
という。私も怖がらずに食べてみようか。

■バングラ大規模停電が復旧、インドからの供給にトラブルか
 http://www.sankei.com/world/news/141102/wor1411020030-n1.html
 (産経ニュース 2014年11月02日)

 バングラデシュ全域で1日に発生した大規模な停電は2日、全面的に復旧した。
AP通信が伝えた。隣国インドから電力供給を受ける過程で何らかのトラブルが
生じたとみられ、当局が詳しい原因調査を進めている。

 アジアの貧困国の一つバングラデシュでは慢性的に電力が不足し、停電が頻発。
ロシアの支援で原発建設を計画しているほか、日本からも火力発電所建設への支
援を受けている。(共同)

■バングラデシュ料理専門店「ルポシ バングラ」
 http://373news.com/_bunka/ajimise/kiji.php?storyid=6592
 (南日本新聞 2014年11月06日)

 鹿児島大学近くにあり、学生や女性客でにぎわう。バングラデシュ出身で、鹿
児島大学の卒業生でもあるカーン・モハマド・イクバルさん(48)が今年5月
にオープンさせた。「料理を食べることで、バングラデシュのことを少しでも知
ってほしい」と話す。
 店内は淡い照明やエキゾチックな音楽が、異国情緒を感じさせる。テーブルが
八つあり、約30人入れる。人気を集めるのは学生限定の500円ランチ。チキ
ンカレーにナンやご飯、サラダも付いて食べ応え十分。女性客にはヘルシーラン
チ(1000円)がお薦め。
 夜のセットメニュー(1500円前後)はドリンクやタンドリーチキンも付い
てボリュームたっぷり。単品メニューも107種類から選べる。

■Googleがバングラデシュ国内をバスツアー、
 子どもたちにインターネットの魅力と使い方を教える
 http://jp.techcrunch.com/2014/11/14/20141112google-is-driving-a-bus-across-bangladesh-to-help-500000-students-learn-about-the-internet/
 (TECHCRUNCH JAPAN 2014年11月14日)

Googleはバングラデシュの、文字通り路上で、インターネットの普及活動をしよ
うとしている。同社が今日(米国時間11/12)立ち上げた教育事業‘Google Bus
Bangladesh’は、この東南アジアの国の50万あまりの児童生徒たちにデジタルの
スキルを教えることが目的だ。

世界中の人びとをインターネットにつなごうとする、奇抜な試みはいくつかある。
たとえばGoogleの気球や、SpaceXの衛星計画、Facebookのドローンなどだ。しか
し今回Googleは基本に戻り、この世界で八番目に人口の多い国で地方従業をやら
かそうとしている。計画では今後1年間で、35の地区の500の教育施設(学校など)
を訪問し、インストラクターたちが児童生徒にインターネットを最大限に利用す
るための重要なツール(Webブラウザなど)について教える。

単にバスでやってきた先生たちが教えるだけでなく、児童生徒一人々々にインタ
ーネットに接続したAndroidデバイスが手渡される。Googleによるとそのハードウ
ェアは、SymphonyのXplorer W65i(売価70ドル)など、いわゆる入門機だ。この
プロジェクトのためのGoogle+のコミュニティもあり、そこで児童生徒たちは考え
を述べ合ったり、さらにいろいろな情報にアクセスしたりする。

Google Asia PacificのJames McClureは語る: “バングラデシュは今激しく変化
している国で、とくに若い人口が多く、彼らがインターネットの推進力になって
いる。適切な教育が与えられれば、若者たちはインターネット化されデジタル化
されたバングラデシュを構築するための礎石になりえる”。

ぼくも東南アジアに住んでいるので、インターネットが人びとの生活を変える様
子をいつも目(ま)の当たりにしている。友だちや家族やエキスパートの人たち
とつながること、情報やニュースに容易にアクセスできること、エンタテイメン
トを楽しむメディアでもあること、インターネットにはいろんな可能性があるが、
途上国の人たちの多くはそのことにまだ目覚めていない。スマートフォンやコン
ピュータを投げ与えるだけでは、だめである。インターネットを怖がらずに積極
的に使えるようになるためには、教わる場が必要だ。

まだ世界の総人口の2/3がオフラインだから、このGoogle Bus Bangladeshのよう
な地域的な取り組みの意義と効果は大きい。もちろん多くの人がインターネット
を使うようになれがGoogleのビジネスにもプラスだが、しかしそれでも、このよ
うなリソース集約的で時間集約的な企画を実行するGoogleは、一つの国に違いを
作り出すという意味で、賞賛に値する。

情報をありがとう、Arif。

■若き社会起業家が発信、「ゆとり世代の愛国心」
 http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20141027-OYT8T50129.html
 (読売新聞 2014年11月15日)

 国際教育支援NGO「e―Education」の創立者、税所篤快さいしょ
あつよしさんが『ゆとり世代の愛国心』(PHP新書)を著した。

 1989年生まれの若き社会起業家は「海外で活動していると、日本の素晴ら
しさを実感する。僕たちのやり方で日本の存在感を示していきたい」と話す。(
文化部 小林佑基)

 早稲田大在学中の2009年、バングラデシュの貧困地帯で、大学受験生らに
DVDを使った映像授業を行う活動を始めた。きっかけは自身の失恋に加え、貧
困層に無担保で融資するグラミン銀行の本を読んだこと。教育格差の克服に向け
て、日本の一部予備校のシステムを適用した形だ。

 成果は表れた。5年連続で最難関のダッカ大に合格者を出し、世界銀行とも協
力関係にある。5大陸での教育革命を掲げて仲間たちと同様の活動を他国にも広
げているほか、アフリカの未承認国家ソマリランドで初の大学院を作る計画も進
めており、11月に開校するという。しかも現在、ロンドン大教育研究所の修士
課程にも在籍する多忙さだ。

 自身はいわゆる「ゆとり世代」に属する。ほかにも草食系、内向きなどと否定
的に語られがちな世代であり、不安定な雇用などから屈折感を抱えているとも言
われるが、税所さんの認識はまったく違う。海外での経験から、かつてないほど
すばらしい国と時代に生まれた世代だと強調する。

 バングラデシュ、ソマリランド、ロンドンなどを駆け回る日々を通じ、日本人
の技術や文化、仕事への取り組みや人との接し方などに対する抜群の信頼感を実
感してきたからだ。数か月に1度帰国すれば、充実した社会基盤や安全な暮らし
など、日本のシステムの優秀さにも感嘆する。

 それを築いたのは先行世代にほかならない。「自分たちが世界で自由に活動で
きているのは、先輩の頑張りが基盤にあるから。僕らの世代は、ゲタを履かせて
もらっている」と語る。

 この資産を将来に引き継ぐためにも、同世代の若者たちには、海外や国内で具
体的な課題解決に取り組んでほしいと願う。「それこそが愛国心の発露だ」。日
本に広がる偏狭なナショナリズムに走るよりも、「もっとクリエイティブ(創造
的)なことにエネルギーを使った方がいい。そしてその方が、日本人への尊敬に
つながる」と力をこめる。

 実際に社会問題の解決を目指し、成果を出している社会起業家も現れていると
いう。具体例として、87年生まれで、情報技術を生かした「手話ビジネス」を
展開する大木洵人じゅんとさんの活動を挙げるが、ただ、日本では、それぞれの
世代ごとに他の世代への先入観を持ち、近寄らない傾向があるとも感じてきた。

 今回の本を書いたのは、自身の世代の考え方を、上の世代に向けて発信したか
ったからだという。エネルギーと情熱を持つ若者と、経験や人脈を持つ上の世代
が協力できたら、さらなるイノベーション(革新)が生まれると信じている。

 「海外からの日本への興味や信頼度は、かつてないほどに高まっている。社会
事業でもビジネスでも、今が始めるチャンス。同世代や上の世代と、世界で色々
な面白いことをやりたい」

■バングラデシュとコメ文化、飢えを追い払った化学肥料の力(田中)
 http://kinbricksnow.com/archives/51918947.html
 (KINBRICKS NOW 2014年11月11日)

日本人とバングラデシュ人の共通点として、共に米食文化であることがあげられ
る。日本語では食事を取る意味で「ごはんを食べる」という。つまり、米の飯を
食うことが「食事」の文化なのだ。これはバングラデシュ人も同様で「バット(
ご飯)」を食べる事が食事という認識である。

かつては日本人も一年に平均100キロ以上のコメを消費する民族だったが、食生活
の多様化に伴い減少した。一方、バングラデシュ人は今でも100キロ以上コメを食
べている。

農村で肉体労働者の青年の食事風景をみると、どんぶり飯どころか洗面器なみの
大きさの器に山のように飯をもり、平らげているのを時々見かける。こちらのコ
メはインディカ米で、うるち米に比べてカロリーが少ないため、必要な食事量も
多くなるのだ。

■世界最大級の米産地にして輸入国?!バングラデシュの過去

かつて、世界最貧国と呼ばれたバングラデシュはこのコメの生産をめぐって大き
な問題を抱えていた。

稲作は三期に分けて行われる。雨季稲作のアウス(8月収穫)とアモン(11月収穫、
乾季稲作(4月収穫)のボロと呼ばれている。毎年5月頃から雨季が始まり、8月頃ま
で農地はガンジス川やブラマプトラ川およびその支流の増水により、水に沈むこ
とになる。この増水は肥沃な天然の肥料を農地にもたらす一方で災厄も起こして
いた。

この国の洪水は、日本の河川の洪水のようにいっぺんに何もかも押し流すような
ものではなく、毎日少しずつ水量が上がっていき、ゆっくりと水に沈んでいく。
雨季の増水で農地が水に沈むのはあたりまえなのだ。通常想定している以上の水
が来たときに初めて「洪水が災害」という認識をする。

1970年代頃までは三つの作期の中でアモン作が最も生産量が多かった。その頃の
バングラデシュは毎年急速に人口が増加していた。受給は常に逼迫し、生産量の
増加が常に求められていた。

ところが、アウス、アモン作は雨季の増水を利用して作付けするため、毎年水の
量が変化する中で作付けをしなければいけない。その水に過不足があると、収穫
量が減ってしまう。つまり、洪水があると飢えることになる。つぎの収穫まで食
料が持たなくなるのである。アモンの収穫前、貧しい農村では食料の尽きた農民
たちが徒党を組んで強盗になることもあった。そこまでしないまでもコメにイモ
や豆類をまぜた食事でかろうじて空腹を凌ぐのがあたりまえだった。このような
事情から、バングラデシュは世界最大級の米の産地でありながらコメの輸入国だ
った。この時代は日本を始めとする諸外国から食糧援助をなんども受けている。

◆“緑の革命”が変えた農業

今日のように、少々貧しい階層でもいつでも腹いっぱい米の飯が食べられるよう
になったのは、1980年代に起きた緑の革命の恩恵による。

バングラデシュでの緑の革命は乾季稲作の生産能力強化による。フィリピンにあ
る国際稲作研究所(IRRI)より高収量品種IR-8が与えられ、以後バングラデシュで
さまざまな高収量品種が開発された。IR-8は地元の農民からは「ビプロップ」(
革命)とよばれ、大きく生産力を伸ばすことに成功した。いまでは乾季稲作その
ものを稲作研究所の略称から「イリ」と呼ぶようになった。

乾季は雨がほぼ全くふらない為、人工的に水を供給しなければならない。また、
生産力を伸ばすには、化学肥料と農薬の使用が必須だった。この、高収量品種、
灌漑技術、化学肥料と農薬の使用の4点セットが緑の革命のメカニズムだった。こ
れにより、それ以前の稲作に比べおよそ三倍以上の単収(単位面積あたりの収穫
量)が出るようになった。また、人工的に水の供給を始めたことで水資源を人間
の手で管理できるようになった。おかげで安定的な収量が見込めるようになった
のである。

この緑の革命は急速に全国に普及し、人口増加率を上回る食料生産増加率を達成。
次第にバングラデシュは飢えから解放されていった。

農民は当時を振り返り、「化学肥料を初めて手にしたとき、こんなモノを自分の
田んぼに入れて、果たして大丈夫だろうかと思った。でも使ってみたら全く予想
しないほどの収穫があった。今は化学肥料なしで農業はありえない」という。

◆「神の御心のままに」ベンガル人気質は洪水の影響?!

現在は人口増加率も落ち着き、食糧生産に関わる問題はほとんどなくなってきた。
それでもコメの輸入は行われているが全体量の5%ほど。そのほとんどはバスマテ
ィ米と呼ばれるインド北部特産のコメで、いわゆるぜいたく品、高級食材として
使われている。

一方で富裕層を中心に米食離れがすすんできている。以前は三度三度米飯を食べ
ていたが、朝は小麦粉を練って作ったルティを食べるのが一般的。このコムギ食
が進んだ背景にはアメリカが食糧援助としてコムギを配給していたことから、徐
々にコムギ食が浸透してきたことが理由の一つとしてあげられる。このあたりも
日本の戦後の学校給食を介したコムギ食浸透の背景とよく似ている。

彼らの米作りの姿勢は現代のベンガル人の行動にも強い影響力を持っている。も
ともと、お天気まかせ、洪水任せなのだ。イスラム教徒のよくいうインシュアッ
ラー(全ては神の御こころのままに)はアウス、アモン作のやり方そのものに根
ざしている。生産がうまくいくかは洪水次第なので綿密に計画をねったりしない。
ごく大雑把な計画で、あとは場当たり的に対処する。実際うまくいくかどうか、
人間自身が収穫量に裁量を持てないのだ。
その文化は都会にやってきたベンガル人にも根強く残っていて、最初から計画を
しっかりたてて実行するというよりは、場当たり的に対処してうまく行ったらオ
ッケーという風潮を強く残している。
このことは1000年以上灌漑稲作で生きてきた日本人の持っているメンタリティと
大きく違う。日本のコメ作りは夏の水不足と、限られた作期との戦いだった。有
限の水資源を管理するために常に集団性を持ち、年に一回しかない収穫のために
綿密に計画を建てなければ生き残れなかった。同じ米食文化と言ってもその中身
には色々違いがあるようだ。
 

■バングラデシュから日本への出稼ぎ労働者の出身地における
 生活状況と住宅様式に関する研究
 国際労働力移動による連鎖移民が送り出し国の居住環境に及ぼす影響
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/78/692/78_2083/_pdf
 (日本建築学会計画系論文集 2014年07月10日)

1. はじめに
1.1 研究の背景と目的
 1971 年の独立戦争後、政治の混乱や水害によって経済不況が長引いたことから、
バングラデシュは1976 年に海外雇用推進を国策注1)と定め、余剰労働力の輸出注
2) と海外送金による外貨獲得注3) を積極的に行なってきた。これまでバングラ
デシュが送り出した大量の移民や海外出稼ぎ労働者は、欧米の先進諸国やアジア
の新興国で安価な労働力として受け入れられてきた。こうした移民の送り出し国
と受け入れ国の関係性において、人の移動と共に文化の相互交流が絶えず行なわ
れており、互いの文化に多大な影響を及ぼしている。一方的な送り出し国である
バングラデシュは受け入れ国からの影響が強く、海外から様々な文化的様式が流
入している。受け入れ国で経験し、出稼ぎ帰国者が持ち帰ってきた生活習慣や価
値観によって変化した文化的様式の中には、住宅様式も含まれている。移民や海
外出稼ぎ労働者の出身地における住宅様式が、受け入れ国で経験した住文化から
どの程度の影響を受けているのかを検証する必要がある。 
本論文では、連鎖移民注4) によって日本に多くの出稼ぎ労働者を送り出してきた
バングラデシュのムンシゴンジ県に着目しながら、ムンシゴンジ県と日本との関
係性、ムンシゴンジ県とポイシャグラムの現状を通して、バングラデシュから日
本への国際労働力移動注5)が、出稼ぎ労働者家族および出稼ぎ帰国者の出身地に
おける生活状況と住宅様式に及ぼす影響を明らかにすることを目的としている。

1.2 研究の特徴
 本研究では、国際労働力移動を構成する移民や海外出稼ぎ労働者が、独自のエ
スニックネットワーク注6) を活かしながら移動しており、受け入れ国において民
族的出自ごとに集住を進める傾向があり、送り出し国での出身地にも偏りが見ら
れることに着目している。既報1) では、バングラデシュから日本への移動がムン
シゴンジ県に偏っており、出身地の居住環境に影響を及ぼしていることがわかっ
た。本研究では、国際労働力移動による日本での経験が海外出稼ぎ労働者の住宅
に及ぼす影響を、出身地の地域的な特性として明らかにするために、日本への出
稼ぎ労働者家族および出稼ぎ帰国者が偏っているバングラデシュのムンシゴンジ
県を調査対象地に選んでいる。

 ※詳細はリンク先をご確認下さい。

■【国際協力60周年】バングラデシュ・ジャムナ橋とチョードリー教授
 http://www.jica.go.jp/topics/news/2014/20141112_01.html
 (JICA 2014年11月12日)

「橋を架けることで国を一つに」。バングラデシュの人々の長年の夢をかなえた
ジャムナ多目的橋は、1998年に完成した。橋の建設を土木工学の専門家として支
えた人物がいる。アジア・パシフィック大学副総長のジャミール・レザ・チョー
ドリー教授だ。

バングラデシュ国民の夢――大河に分断された国土を一つに

バングラデシュは、ジャムナ川、パドマ川、メグナ川によって国土を大きく三つ
に分断されている。特にジャムナ川は国土を東西に分断する形で流れており、川
幅は広いところでは数十キロメートルに及ぶ。水の流量は世界第5位、雨期・乾期
を繰り返すたびに流れが大きく変わり、6月から11月の雨期には上流から大量の水
が流れ込み、洪水を起こす。そのため、橋を架けるにも技術的・経済的な問題が
山積していた。

橋がないため、川を渡る手段はフェリーなどの水上交通に限られていたが、渡河
車両の6割以上を占めるトラックは、船に乗るために船着き場で平均36時間、長い
ときは1週間も待たされる状況だった。ジャムナ川の西側地域でとれた農作物など
を、首都ダッカのある東側地域に輸送することもままならない。また、川に阻ま
れ電気やガスなどのエネルギー供給も難しい西側地域は、東側地域と比べて政治
的・経済的に大きく立ち遅れており、国民一人当たりのGNPは、バングラデシュ全
国平均より20パーセントも低いともいわれた。このような状況は国民の中にも「
東と西は別々」という意識を生み出していた。

大プロジェクトの開始

バングラデシュがパキスタン領東パキスタン州の時代からあったジャムナ橋建設
構想は、1971年の独立後にも計画しては断念することを繰り返したのち、世界銀
行、アジア開発銀行、日本の海外経済協力基金(注1)からの借款形式での資金協
力を得ることでようやく現実のものとなった。バングラデシュ自らも、橋の有料
化によって建設費用として借り入れた借款を返済していくことが可能と見なされ
てのことである。

ジャムナ橋建設に当たっては、事業が立ち上がる前の1973年から74年にかけて行
った調査で選定された候補地の一つが選ばれるなど、JICAの調査がその後の計画
の基礎となった。さらに当時のバングラデシュで最大のインフラ事業だったこと
から、学術関係者から成る専門家委員会も設けられた。この委員会のバングラデ
シュ側の座長を務めたのが、チョードリー教授である。

かくして同事業は、他に類を見ない大プロジェクトとして動き始め、建設自体は
1995年に着工。全長4.8キロメートル、全幅18.5メートル、片側2車線の自動車道
路のほか、鉄道の線路、ガスパイプライン、高圧送電線、光ケーブル電話線を擁
する橋の建設と、それに伴う東側16キロメートル、西側14キロメートルのアプロ
ーチ道路と河川制御のための護岸の建設である。

幾多の問題を乗り越えて

実際の橋の建設は容易ではなかった。チョードリー教授が携わった土木技術面の
仕事の一例を挙げると、川幅の広大なジャムナ川は、水量により流れが変わり、
1ヵ月に数百メートルも移動する。どこに橋を架けるのか、河川の流れをどうコン
トロールするのか、教授をはじめとする専門家たちは試行錯誤を繰り返した。

川の流れを移動させないためには川岸を固定しなければならないが、川底が砂の
ため、それも難しい。インドネシアから石を運搬し、川の両岸を固め、砂が流さ
れても石が川底を固定するように護岸に工夫を凝らす。橋を支える支柱は、直径
3.5メートル、長さ80メートルの柱2、3本を一組にして、カタカナの「ハ」の字型
に埋め込んだ。さらに完成直前には、ジャムナ川が歴史的な大規模洪水に見舞わ
れ、洪水対策のため橋の設計変更も行わざるを得なかった。すべてが困難の連続
だった。

あと3メートルで橋がつながるというとき、チョードリー教授は最後の接合部分に
鉄板を置いて橋を渡った。バングラデシュ人である教授自身が、全国民の長年に
わたる夢がかなったことを真に実感した瞬間だった――そして、1998年6月23日、
世界で11番目に長い(当時)橋、ジャムナ多目的橋は開通した。

プロフェッショナルであれ

チョードリー教授は専門家委員会のメンバーとして、案件形成時から橋の完成後
の2001年まで、13年の長きにわたり、実施機関であるジャムナ多目的橋公社(当
時)、そしてドナーである海外経済協力基金、世界銀行、アジア開発銀行に対し
て、土木面での指導を行った。

以後教授はチッタゴン空港建設事業など、バングラデシュを代表する大型インフ
ラプロジェクトに携わった。JICAはその功績をたたえ、2013年10月、チョードリ
ー教授に「JICA国際協力感謝賞」(注2)を授与した。

教授はアジア・パシフィック大学副総長として今も後進の指導に当たる。「常に
プロフェッショナルであれ。最新の情報をつかみ、現場に出る。事業に携わるこ
とで学ぶことが多くある」と説く。

(注1)1999年に日本輸出入銀行と統合して国際協力銀行となり、その後2008年に
海外経済協力業務を現JICAが承継している。
(注2)JICAが行う国際協力の業務に、貢献または長年にわたって協力し、特に功
績があったと認められる個人と団体を対象とする。

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